もはや、青春は恥ずかしい。海辺を走ってバカヤロー! と叫んだり、遅刻寸前トーストをくわえたまま自転車でぶつかった女の子の眼鏡が落ちたら美人だったりしなくても、恥ずかしい。「まっすぐ」をストレートに表現しても決してまっすぐには届かない今、青春は「すばらしい」と書くと「恥ずかしい」と響く今、演劇は、手垢のついてしまった青春にどう取り組んだらいいのだろうか。
そんな疑問に対する一つの解答として、青森中央高等学校演劇部のメンバーと顧問である劇作家・畑澤聖悟は、『修学旅行』で、「21世紀初頭における青春の恥ずかしくない描き方」を提示する。第48回東青地区高校演劇合同発表会でこの作品に出会ったとき、審査員という立場も自分の年齢も忘れ、青春っていいなぁと感情移入した私は、女子高生になりたいと思ってしまった。戻りたいのではない。『修学旅行』の登場人物のひとりとして、あの世界の中でほのかな恋慕に一喜一憂したいと切望したのだ。平たく言うと、いっしょに枕投げをしたくなったのである。
高校生の部活動と高を括っていると、その水準の高さに驚くだろう。そんじょそこらの劇団の公演よりも、一本の芝居としてよっぽど面白い。高校演劇の枠組を軽々と飛び越える彼らを、劇団「中央高校演劇部」と呼びたい位だ。等身大の高校生活を描くリアリズムなど鼻で笑い、自分たちの日常のみならず国際情勢までもカリカチュアする試みは、単なるお笑いに陥るぎりぎりボーダーまで敢えて近づきながら、巧みな立脚点で独自の世界を構築する。戦争、平和、国家、協調、暴力、ルール、エゴイズム、友情……天こ盛りの文科省推薦テーマは、そのシリアスさとは正反対の漫画的なトーンに裏打ちされて、秘かに、だが、着実に観客の深部に蓄積される。小わざの効いたギャグに大笑いしていたはずが、なぜかキュンと胸が痛いラストシーンになって初めて、この修学旅行の真の目的地とメッセージの重さが明らかになるのである。
劇団「中央高校演劇部」の魅力の秘密は、他劇団では(次年度には、自分達でさえも)そのままでは上演不可能なアテ書きにある。どんなに望んでも3年間(実質は2年半か)しか在籍できないという宿命が、各公演に一期一会の命を吹き込む。『修学旅行』における青春は、現劇団員=現部員の「演劇する青春」と重なって一層光彩を放つのだ。 二度と戻らない時間だけが、きらきらと輝いている。
2004.12
そして音楽は遺る
『鳥のように 箏曲家・沢井忠夫の生涯』沢井忠夫著、小畑智恵編著
もし素敵(すてき)な彼がドライブに誘ってくれて、その素敵なBMWの素敵なカーステレオからいきなり箏(そう=こと)や三味線や尺八の音が流れてきたら、あなたはどうしますか。@まあ素敵と聴きほれる Aびっくりする Bサザンにしましようよと言う C黙って車から降りる。
まあ、たいていの人はびっくりするだろう。だって、おそろしいことに、普通に暮らしている日本人の生活の中に、邦楽はほとんど存在しないのだ。二〇〇二年、学習指導要項の改訂にともない邦楽が中学校教育に導入されると聞いたら、一般の人々に箏曲を身近に感じてもらうためにダヴァダーでおなじみのコーヒーのコマーシャルに出演した沢井忠夫も、きっと喜んだろう。日本人が邦楽に触れるチャンスが日本料理屋のBGMだけでは、あまりに寂しいではないか。
箏曲家の沢井忠夫は、違いのわかる男であった。古典と現代の、そして西洋音楽と邦楽の違いを理解し、さらにその接点を模索し続けた彼にとって、ジャンルは重要ではなかった。「いま古典といわれている曲でも、昔は創作されて、当時の人々の生活や感覚に密着していたわけでしょ。だからいま箏をやっている人たちも、そうした努力をしなければ、箏は死んだ楽器として博物館に入ってしまう」その信念を根底に、生涯を伝統の同時代性を探ることに費やした。
尺八、モダンダンスとのコラボレーション、即興演奏、単なる和洋折衷ではなく、西洋楽器と伝統楽器が丁々発止と渡り合うオーケストラとの共演、二十年以上にも及ぶ継続的な海外での演奏活動、「沢井箏曲院」における演奏家の育成、そして作曲。現代邦楽演奏家として着実にステージを積み重ねながら、その活動のなんと多岐にわたっていることか。
「鳥のように 箏曲家・沢井忠夫の生涯」は、不幸にも今まで邦楽に出合うことのなかった人のための、格好の入門書である。門下生でもある小畑智恵は、遺稿、新たなインタビュー、そして膨大な資料を三歩下がって着実にまとめ上げた。読者は、沢井忠夫の生涯を知り、彼自身のことばにふれたとき、この人はいったいどんな音楽を奏でていたのだろうという思いにとらわれ、その音色を聴きたくて聴きたくてたまらなくなるだろう。そうしたら、本を閉じて、彼の音楽に耳を傾ければよい。あまりにも早い死ではあったけれど、沢井はたくさんの音楽を遺(のこ)してくれているのだから。
※沢井忠夫著、小畑智恵編著「鳥のように 箏曲家・沢井忠夫の生涯」は文芸社刊、本体二、〇〇〇円。
東奥日報新聞 2000.6.27掲載
The Three Short Stories about Three Dogs
(三匹の犬にまつわる三つの小さな物語)
★ 1 ★
俺のご主人ってのが、浮気してたのね、インド人の女と。俺を散歩に連れてくふりをして、家を出て、彼女の部屋に通ってた訳。確かに、浅黒い肌で、おでこのとこに、なんていうの? 赤いポッチがついてる彼女はエキゾチックで、「カーマスートラ」を熟知してて、それが彼にはたまらない魅力だったのね。部屋で逢瀬を重ねるとき、彼女はろうそくの灯りしかともさなかった。真っ赤なサリーを着て、ろうそくの炎に浮かび上がる彼女は、インドの魅惑そのもの。彼は、その神秘的なムードにすっかり酔ってたんだと思う。実はね、二人のアバンチュールは、俺にとってもちょっとした楽しみだったんだ。彼女、いっつも「ご主人より、あなたの方がカワイイわ」って、俺の耳に息を吹き掛けてから、とびっきり上等の骨付きチキンを食べさせてくれたからね。
ある日、ご主人と奥さんが、俺を連れてセントラルパークを散歩してたら、ばったり彼女に出会った。彼女があんまりいつもと違うんで、ご主人はショックを受けた。さりげなく会釈してすれ違ったけど、唖然としてるのが、奥さんにももうバレバレ。「あなた、どうしたの」って聞かれて、しどろもどろになりながら、「なんでもない。インド人の知り合いを見かけたんだ」って答えた。そしたら、奥さんは大声で笑ったよ。「インド人ですって? 何言ってるの。どう見たってアメリカ人じゃない。あなたの目、どうかしてるわ。」彼は、絶句した。そして、それ以来、彼女に会うのをぷっつりやめた。
実は、この話には続きがある。ご主人は、浮気をやめた後も、彼女を完全には忘れることができなかった。ミステリアスなあの部屋の、独特のお香の香りが懐かしかった。彼女の匂いが恋しかった。だんだん、彼は、彼女がほんとにインド人かどうかなんて、どうでもいいと思うようになってきた。
別れてから半年後、ご主人は彼女の部屋を訪ねた。電話もしないで、いきなり。アパートの隣のデリはそのまま。デリのおやじの仏頂面もそのまま。古い煉瓦づくりのアパートの外観もそのまま。壊れた郵便受けもそのまま。彼は紅いバラの花束なんか抱えっちゃって、彼女の部屋をノックした。Aの9号室。そしたら、どう見ても八十は越えてるっていう、ばあさんが出てきた。「彼女は引っ越したんですか?」驚いて、ご主人は訊いた。 「誰のことだい?」「半年前にここに住んでいた若い女性ですよ」「戦争が終わってからずっと、ここに住んでるのは、私だけだよ」「そんな! 彼女とここで逢ってたんだ。あなた、彼女のおばあさんかなんかでしょ? 冗談言ってないで、彼女に会わせてくださいよ」「おや、かわいいワンちゃんだこと。どれ、おいしいチキンでもあげようかね」ばあさんは、にっこり笑って、揚げ立ての骨付きチキンを俺の前にぽんと投げた。
その日から、ご主人は、俺の散歩のたびにアパートの近くを何度も何度も歩き回ったけど、結局、彼女を見つけることはできなかった。実はね、彼に教えてあげたいことが一つあるんだ。ばあさんがくれた骨付きチキンと、あのインド人の美女がいつも作ってくれてた骨付きチキンは、全く同じ味だったってこと。ほんの少し、レモンの隠し味が効いてるスパイシーなやつ。うん、あれは、絶対おんなじ人が作った料理だね。でも、俺がご主人にそれを伝えるすべはない。
★★ 2 ★★
佐吉は、なかなか腕のいい大工でございました。冗談ひとつ言えず、面白みのない所はございましたが、そのまっすぐな気性がお菊には返って好ましく、棟梁から、佐吉の嫁にという話が来たときには、内心うれしくてたまらなかったのです。指物師をしているお菊の父親も、大仏が座っているようだと陰口を叩かれるほど無口な性分だったので、生来、かまびすしい男は苦手なのかもしれません。
祝言をあげてからというもの、佐吉は毎朝律儀に仕事に出かけ、日暮れ前には長屋に戻り、ふたり仲良く夕餉(ゆうげ)を取ります。晩酌をする夜など、お菊がいくら飲めないと申しましても、静かに笑いながら猪口を持たせ、菊のほほが桜になったと、さも面白そうに笑うのでした。お菊は、そんな暮らしが、いつまでも続くものと思っておりました。
ふた月ほどたったある日のことです。日が暮れても、佐吉は戻りませんでした。仙台坂のお屋敷まで、格子戸を直しに出かけた日のことです。今日は、たんと手間賃を頂けるはずだから、帰りに初鰹でも手に入れてくると言い残し、いつものように、道具箱をひょいと肩にかついで出かけたのでございます。物騒なことばかりが脳裏をかけめぐり、胸騒ぎが収まりません。床もとらずに待っていると、うつらうつらまどろむ浅い夢の中に、黒い、大きなお犬様が出て参りました。低く唸りながら近づいていくる、そのあまりの恐ろしさに、お菊が大きな悲鳴をあげると、その姿は忽然と消えたのでございます。
まんじりともせずに朝を迎え、取るものも取りあえず相談に行くと、棟梁も驚くばかり。一緒に、伊達様のお屋敷を訪ねましたが、大工など昨日の昼過ぎには帰ったと、剣もほろろに追い返されてしまいました。いよいよ困り果て、お手打ちにあった者はいないか、奉行所に赴くことに致しました。でも、その日に限っては、土左衛門の一つも見当たらないのです。
ひと月が過ぎ、三月が過ぎ、佐吉のことは、やがて人の口の端にも上らなくなりました。それでも、お菊は佐吉の帰りを待っておりました。なぜ、佐吉は戻って来ないのだろうか。自分を捨てて、本当にどこかに行ってしまったのだろうか。思い当たることは何もありません。三年たち、七年たち、綱吉公の時代も終わり、どれだけの年月(としつき)が流れたのかわからなくなり、近所の子供たちがお菊を気の違った老婆だと怖がるようになっても、その帰りを信じて、佐吉を待っておりました。
いつになく強い夕立ちが上がると、戸の前に、一匹の大きな黒い犬がおりました。長屋の人々はどこに行ったのか、人っこひとり見当たりません。夕日を背に受けて、とてつもなく大きな犬が、寂しそうな、悲しそうな目をして戸の前にいるのでございます。ああ、あの晩の犬だとわかりました。不思議と、もう怖くはありませんでした。「佐吉さん…」お菊が声をかけると、静かにくーんと返事を致します。佐吉だ。佐吉が帰ってきたのだ。お菊は、ただただうれしくて、その犬を招き入れました。そして、その傍らに座ると、黒いふさふさとした毛におおわれた身体を、いつまでもいつまでもなぜておりました。
翌朝、隣のおかみさんがいつものように朝餉を運んでくると、お菊は冷たくなっておりました。苦しんだ様子もなく、静かに眠るその枕元には、一匹の黒い子犬が、やはり寄り添うように死んでおりました。
★★★ 3 ★★★
ついさっきまで犬だったせいか、劇場という特殊な場所に暮らしていたせいか、世の中のことがあまりよくわかりません。私は、グローブ座に飼われていおりました。人間の俳優たちと一緒に舞台に出て、ロンドンの観客を沸せていたのです。結構人気者で、ちゃんと芸をすれば、いえ、芸なんかしなくても、舞台に出るだけで、毎日おいしい食事がちゃんともらえて、別に犬のままでも不自由なく暮らしておりました。ある俳優に恋をするまでは。
彼の名は、エドモンド。いつも、ヒロインの役を演じるグローブ座の看板俳優です。愛らしい口元からこぼれる、その微笑みといったら。あまりの可憐さに、私は、一度でいいから、その少年とくちづけを交わしたいと思うようになりました。気まぐれな神様が、私の願いをすぐに聞き届けてくれて、ある朝、私は人間として目覚めたのです。犬の瞳のままなので、世界はモノクロームでしたが、それは、たいして困ることではありませんでした。むしろ、もっと大きな問題がありました。人間になった私が操れる言葉は、座付き作者のウィリアムが書いた台詞だけだったのです。
楽屋前の廊下で、人間の姿になった私が初めてエドモンドに会ったとき、私が思わず口にしたのは、
「そなたは貞淑か?」
これです。当然、エドモンドは驚きました。
「なに言ってんの?」
「ことば、ことば、ことば」
この二番目の私の台詞をジョークと受け取ったエドモンドは、
「見かけない顔だけど、新しく入った役者?」
と、にやっと笑いました。
しかし、私に答えられるのは、やはり台詞だけ。
「役者というやからは秘密を守ることができぬ。なんでもしゃべってしまうからな。以前は、おれもお前を愛していた。いや、もともとお前など愛してはいなかった」
「続きは舞台でやりましょうよ。ねっ。……ああ、おいたわしや! 神様! あの方をどうか元のお姿に!」
オフィーリアの微笑みをたたえたエドモンドは、決して口にしてはいけない台詞を残して、後ろも振り返らずに楽屋に戻っていきました。続きは舞台で? 続きなど、もう、あろうはずもありません。「尼寺へ行け」と、決め台詞で返したつもりだったのに、「ワン!」という鳴き声が、寂しく廊下に響き渡りました。あとは、沈黙。
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